杖をつくのはやめよう

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私は週に5~6日は絶対に歩くようにしています。習慣ももちろんあるのですが、週に3~4日も歩くことが できなければ身体が動きにくくなり、体調も悪くなるからです。ご飯も美味しくないし...。

退院当初、家にいると2歳の長女が私に寄ってきて、いつも手を握りにきていました。私の左手にぶら下 がり「抱っこ抱っこ」 家の中ではなんとかできますが、外では危なくてできません。

長女は装具をつけて杖を持って歩く私の横に、いつもチョコンとくっつくように散歩も一緒にしていました。 長女はいろいろ話しかけてくるのですが、私は生半可の返事ばかり「そうやなぁ。」 当初は歩くことで精 一杯で長女の問いかけにも上の空でした。

ある日、長女が「外でもお父さんと手、繋ぎたい」 私はその言葉に立ち止まってしまいました。「俺は長女 に何にも思い出作ってあげてへん。自転車に乗せることもできへんかった。」「なぁ、ゆっくりゆっくり歩くこと になるけど、それでもかまへんか?」「うん!」

次の日から、杖を持つのも辞め、ついでに装具をつけるのも辞めてしまいました。「まだ若いねんから、自力 で頑張れば何とかなるやろ!」 そして、長女と手を繋ぎゆっくりゆっくり歩き出す練習を始めました。

現在、長女も中学生になりました。手を繋いで歩くことはしませんが、休日で時間があれば散歩に付き合って くれます。。友達同士で話題になっていること、学校のこと、いろいろ話してくれます。

家族・親戚の有難さ

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日本橋にある病院を退院しボバーズ記念病院へ入院するまで、1週間、私は家にいました。一応、退院祝い ということで、親戚もかけつけお祝いをしてくれました。皆がいるときは私も愛想笑いをして、その場を取り繕って いました。でも、いざ家族・両親だけになると、何とも言えぬ自分自身への怒りで、物を壊したり...とにかく好き勝手に暴れていました。

また、こういうこともありました。今もそうなんですが、麻痺した側(私は右側)の手足はしびれた感じがずっと しています。妻をベッドに呼びつけ「身体がしんどいからマッサージしてくれ。」 妻は文句1つ言わず、モクモク としてくれました。

私はウトウトし始めてパッと目が覚めました。その時間、2時間です。妻は黙ってマッサージし続けていました。 私は「ありがとう。」の一言も言わず「もう、ええわ。」 よくこんな旦那についてきてくれたなと今でも感謝しています。

今でもたまに妻とその当時のことを話す時があります。「ほんまはあんたとは別れるつもりやったんで。」「でもボバーズ 記念病院に入院し始めて、昔のあんたに戻ってくれたからこうして一緒にいてるねん。」「子どもたちも可愛がってくれるし 、、、もともと、人は良いんやから。」

私はいつもの梅酒を飲みながら、妻の話をニコニコ聞いているだけです。さすが姉さん女房です!




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